ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
「違う!!お前には選択肢すら与えておらん。
お前は山科の娘として生まれたのだから、決められた人生を生きるしか道はない。」
通り過ぎる人が、父の怒鳴り声に驚いて振り返る。
外でもお構いなしに感情的に喚き出す父を見て、クスッと笑う私の横にいる男に父は驚く。
慧を下から上まで眺めてから一拍おく。
「―何が可笑しい?お前は、藤堂の倅が言っていた男か・・。
お前が、美桜の側で藤堂の息子の邪魔をしている男なのか!?」
美しい切れ長の瞳は目の前の男を見下ろし、優雅に微笑む。
「邪魔とは語弊がありますね・・。
二条記念病院で外科の医師をしております、二条慧と申します。」
威圧と、周りを萎縮させる事が特技なのではないかと思うような鋭い眼光を放つ父に、顔色一つ変えずいつもの整った顔でほほ笑む慧に私は驚いていた。
「二条とやら。何故お前がここにいるんだ。
美桜はあと4か月もすれば藤堂の嫁となるのに・・。他の男と旅行など醜聞にしかならぬのだぞ。
どんなつもりで美桜といるのだ!?」
青筋を立てた父を、ドアの前に立つ執事は心配そうに眺めている。
慧は顔色1つ変えずに微笑む。
「藤堂海とは、彼女は結婚しません。
彼女が僕を選んでくれるかはまだ分かりませんが、少なくとも彼と結婚する未来だけは避ける手助けをしようと思っています。」
「ふははははは!!
医者だと言うから少しは頭が切れると思っていたが、お前は馬鹿なのか?
東京者だから山科の力を知らぬのだな。
お前みたいな顔がいいだけの若造など、いつでもどうとなる力を儂は持っているのだぞ。」
「そうでしょうか。
・・それでは、私は何者なのか調べられたと思いますが、結果、どうでした?」
ピクリと父の眉が動く。
私は、誰かの一言で父の表情筋が変化したのをあまり見たことが無かった。
驚いた私は、不安気に隣の慧を見上げた。
「僕の正体、貴方でも調べられなかったでしょう?貴方じゃ僕には、辿り着けませんよ。」
挑戦的な微笑みを浮かべた慧が笑っていた。