ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
誰かと父が話をしている時に、相手が父に遜る様子ばかりを何時も目にして来た。
父が、誰かとの会話の中で相手に尋ねられ黙る事も、言質を取られる事もなかったのだ。
「・・・お前は誰だ?何者だ。何故、美桜に近づくんだ。」
ぐうの音も出ない父は、視線だけは鋭く慧を睨む。
「僕は二条慧です。スタンフォードを出て、日本の帝都大の医学部を出ました。このままいけば
二条記念病院の時期院長の座を手に入れます。美桜は僕のモノなんです。
・・昔から。」
「美桜には、藤堂海君がいる。2人は許嫁だ。4か月後には結婚式を挙げるんだぞ!!
確かにお前のスペックは素晴らしいし、二条も皇族系の縁がある名家であるが・・この婚姻はこちらから
頼んだもので断れん。お前は、美桜とは東京で出会ったのだろう?昔と言ってもたかが最近の話だ!」
「親の決めた婚姻に従う義務はないと思います。美桜はもう立派な大人です。
親の承諾など得なくても結婚ができる年なのですよ。」
私も父も、表情を歪めて慧を見つめた。
張り詰めた空気感でも臆しない、豹のようにスマートな佇まいを崩さぬ彼に驚いていた。
「だから、もう美桜しかいないのだ!海君が跡継ぎになり、藤堂物産との合併も上手くいけば・・。」
「お父様?藤堂との合併など、聞いておりませんよ?何ですかその話・・。」
私は、父の言葉に唖然とした表情で見上げた。
「山科には、国から査察を入れている所なんだよ。
それに僕は彼女に会ったのは17年前です。
藤堂なんかに継がせなくても、貴方にはもう一人大切なお子さんがいらっしゃるじゃないですか。」
ニヤリと笑った慧の瞳を、驚きに見開かれた厳つい父の顔が大きく歪められた。
「お前!!何故それを・・。何処でっ・・。」
声を荒らげた父に、私はビクリと肩が震えた。
「慧・・。駄目よ。それは・・言っちゃダメ!!」
「僕の身内が貴方の身辺を棒倒しのように砂をかき分け・・。
ジリジリと貴方を追い詰めます。これは、当主の貴方が倒れるまで続きますよ?
そろそろ、観念なさったらどうですか?」
「お前・・。私に何の恨みがある・・。美桜の事も、聖人の事まで・・・。タブーを悉く!!くそっ。」
地団太を踏む父に一瞥した慧は、楽しそうに父を見下ろして笑った。
「・・・恨みですか?そうですね、僕はある研究者の死の真相を持っています。
これが明るみになれば貴方も貴方の帝国も即死です。
僕たちは新幹線の時間があるのでここを発ちます。長年望んだ結婚も、家も全てが崩れる瞬間を楽しみにしてます。」
「研究者・・?」
私は、慧の顔を見て不思議そうに問う。
「あとでね・・。」そう言って彼は笑った。
寛貴と、咲が駅の入り口で心配そうにこちらを見守っている事に気づいた私は、時計を見た。
駅舎へと向き直り、私の手を掴んだ慧は踵を返した。
「お前・・。まさか・・あいつの・・・。」
背後で父が呆然とした表情で叫んだ。