ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
果たされた約束。
震える瞳に涙を貯めた私は、慧の言葉に首を横に振った。
「慧、ごめんなさい・・。私、もう貴方とはいられない。」
「・・・美桜?」
驚きに瞳を揺らした慧を見つめて、私はとっさに目を瞑った。
次の瞬間、私はその場から走り出した。
立ち上がれないでいる父と、咲と寛貴もいきなりの事で、呆然とその場で私を見送った。
慧だけは、咄嗟に反応しその場から私を追いかけて走る。
改札のタッチパネルに携帯を翳して素早く中へ入る。
電車のホームへと全力で走った。
扉が閉まりそうになっている東京行きの新幹線に飛び乗ると、すぐ様扉が閉まりガチャンと柵が下りた。
「美桜!?・・駄目だ!!1人で行くな・・!!」
ホームの階段を登り切った慧が真っ青になりながら、私を見た。
涙を流しながら、窓の外に向かって私はつぶやいた。
「ハル、有難う・・。本当にごめんね・・。さようなら。」
静かに閉じられた扉は私と彼を隔てた。
大きく目を見開いて立ち尽くす慧が、呆然とホームに立ち尽くす。
私の目からは涙が止めどなく零れていた。
動き出した新幹線のデッキで頽れるように大声で泣いた。
優しかったハル・・。
私を助けてくれると言ってくれた大好きだった彼の、たった1人の大切な父を私の父は簡単に殺めたのだ。
・・許せる筈がなかった。
父も、自分自身も。
「私、慧がこんなに好きだったんだ・・。吐きそう・・。こんなに・・胸が苦しいなんて。」
咳き込むように、嗚咽を上げて泣いていた。
トラックを追いかけたあの日、私を見て複雑そうな表情をしていたハル。
「貴方の隣にいる資格なんかない・・。自分の血が、許せない。」
泣きじゃくる私の横を、乗客が驚いた顔で通り過ぎていく。
構わずに泣き続けた私は、気が付くと上野駅まで到着していた。
ブルブルとバッグの中で震える携帯に、私は涙ながらタッチした。
携帯の着信が何件も連なっていた。
慧、咲、寛貴・・・。
携帯の着信が3人で埋め尽くされていた。
私に優しく、いつも大切にしてくれる人たち。
「これ・・。」
珍しい人からの着信に驚き、涙を拭いて折り返す。
「もしもし・・・。」
新幹線の中での通話は、大きな走行音で上手く聞き取れなかった。
たった1件の着信は、私の未来を大きく変えるものだったのだ。