ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
果たされた約束。

震える瞳に涙を貯めた私は、慧の言葉に首を横に振った。

「慧、ごめんなさい・・。私、もう貴方とはいられない。」

「・・・美桜?」

驚きに瞳を揺らした慧を見つめて、私はとっさに目を瞑った。

次の瞬間、私はその場から走り出した。

立ち上がれないでいる父と、咲と寛貴もいきなりの事で、呆然とその場で私を見送った。

慧だけは、咄嗟に反応しその場から私を追いかけて走る。

改札のタッチパネルに携帯を翳して素早く中へ入る。

電車のホームへと全力で走った。

扉が閉まりそうになっている東京行きの新幹線に飛び乗ると、すぐ様扉が閉まりガチャンと柵が下りた。

「美桜!?・・駄目だ!!1人で行くな・・!!」

ホームの階段を登り切った慧が真っ青になりながら、私を見た。

涙を流しながら、窓の外に向かって私はつぶやいた。

「ハル、有難う・・。本当にごめんね・・。さようなら。」


静かに閉じられた扉は私と彼を隔てた。

大きく目を見開いて立ち尽くす慧が、呆然とホームに立ち尽くす。


私の目からは涙が止めどなく零れていた。

動き出した新幹線のデッキで頽れるように大声で泣いた。

優しかったハル・・。

私を助けてくれると言ってくれた大好きだった彼の、たった1人の大切な父を私の父は簡単に殺めたのだ。

・・許せる筈がなかった。

父も、自分自身も。

「私、慧がこんなに好きだったんだ・・。吐きそう・・。こんなに・・胸が苦しいなんて。」

咳き込むように、嗚咽を上げて泣いていた。

トラックを追いかけたあの日、私を見て複雑そうな表情をしていたハル。

「貴方の隣にいる資格なんかない・・。自分の血が、許せない。」

泣きじゃくる私の横を、乗客が驚いた顔で通り過ぎていく。

構わずに泣き続けた私は、気が付くと上野駅まで到着していた。

ブルブルとバッグの中で震える携帯に、私は涙ながらタッチした。

携帯の着信が何件も連なっていた。

慧、咲、寛貴・・・。

携帯の着信が3人で埋め尽くされていた。

私に優しく、いつも大切にしてくれる人たち。

「これ・・。」

珍しい人からの着信に驚き、涙を拭いて折り返す。

「もしもし・・・。」

新幹線の中での通話は、大きな走行音で上手く聞き取れなかった。

たった1件の着信は、私の未来を大きく変えるものだったのだ。
< 96 / 127 >

この作品をシェア

pagetop