ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
すっかり静かになった駅のロータリーには、黒塗りのリムジンが止められていた。

「もしもし、藤堂君・・・。」

電話の相手は藤堂海だった。

山科家当主、山科亨三は威圧感を与えるように電話口で残忍な言葉を吐き捨てて、電話を切った。

二条慧の言葉はあまりにも破滅的な未来を予知するものだった。

証拠と言う、証拠を1つ1つ消していかなければいけない・・・。

「もしもし、まだ菫の車はガレージにあるか?」

恐ろしい内容を表情を変えずに、命じていく。

これが、山科家当主の宿命であるとそう信じているこの男は笑っていた。

「馬鹿な男だ・・。
自分の父を消した男の娘だと美桜が分かれば、もうあいつの元になどいれない事など明白だろうに。」

ニヤリとほほ笑んだ。

この恐ろしい男は自分の娘が、自分の元へも未来永劫戻るつもりはない事など失念していたのだった。


その頃、電話を受けた藤堂海は真っ青な顔で医局のソファで頭を抱えていた。

「な・・なんだって・・。俺に殺せと・・医者に患者を殺せと言うのか?」

山科亨三の電話がブチリと切られ、目をパチクリ瞬いていた海は会話の内容が理解出来ずにいた。

何故、自分の息子を殺そうとするのか?

その役目を息子をよく知っている自分にやらせようとする気持ちが全く理解出来ない。

恐ろしい男だとは思っていたが、常軌を逸していた。

「馬鹿な・・。殺せるわけがないだろう。あんなに優しい聖人を・・。」

当直ではなかったので、その3時間後に勤務が明けた海はすぐにでも帰る事が出来たが
胸騒ぎを感じて聖人の病棟へと急ぐ。

ガラッと開けた聖人の病室の中は、静寂に包まれて機械の音だけが鳴り響いていた。

ホッと安心すると、誰かの足音が聞こえた。

真っ暗な病室に、電気を点けないで侵入した海は足音が病室の前で止まったのに気づいて、
咄嗟に大きな戸棚と患者を囲うカーテンの横に息を潜めて隠れた。

ひっそりと扉を開けて入って来た侵入者は、聖人の側へと歩をゆっくりと進めた。

コツリコツリ・・。

近づいて来た足音は、聖人の繋がれている機械のモニター前で止まった。

動いた黒い影に、ハッと恐ろしさを感じた海はカーテンから飛び出す。

その後ろから存在感を消して、病室へと入って来た男も、その影へと飛びかかり抑えつけた。

「・・・藤堂?」

「二条!?お前、何故ここが・・。」

2人が月明りでお互いの顔を確認した瞬間の事だった。

押さえつけていた影が、そっと飛び出し藤堂海へと銀色に輝くナイフを振り下ろす。
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