【短】先輩、笑って
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───あの日。
いつもの部活の朝練習の場に、先輩は来なかった。
どうせ寝坊したんだろうと、その時は何も気にしていなかったのに。
『鳴海、落ち着いて聞けよ。臣が──…』
先輩の身に何かあったことを知ったのはその日の放課後のことだった。
「先輩…ッ!」
急いで病室に駆け付けると、そこには頭に包帯を巻かれながらも部員達と楽しそうに話している先輩の姿。
良かった、無事だった。
そう胸を撫で下ろしもう一度先輩の名前を呼んだ時、先輩が私に向けて困った顔をしたことに不信感を抱いた。
「…ごめん、誰だっけ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃を、今でも覚えている。
─────先輩は、私の記憶だけを失っていた。