これを愛と呼ばぬなら
「気のせいじゃないの?」

「そ、そうかな?」

 母の反応は、ずいぶん気の抜けたものだった。

「そうよぉ。だって将来学校の先生になろうって人よ。生徒にそんな気を起こすわけないじゃない」

 リビングで煎餅を齧りながら笑う母を見て、そうかもしれない、私の考えすぎなのかもとつい思ってしまった。

 実際に何かされたわけじゃないし、先生はすれ違いざまに私に恐怖心を植え付けていった男の人達とは違う。先生はこんなに良くしてくれているのに、悪く考えるなんて我ながらひどい……と。

 また父の仕事相手からの紹介ということもあり、そう簡単に断れないという暗黙の了解のようなものも家族の中にあった。


 しかし、事件は起きた。授業中、思い詰めた先生にベッドに押し倒されたのだ。

 私が抵抗して暴れたため母が気づき、その時は事なきを得た。しかし先生が逆上し、紹介してくれた知人にあることないこと吹き込んだ。


 私の方から、誘惑してきたのだ、と。

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