これを愛と呼ばぬなら
 それに、新井さん。まさか、こんなところで再会するなんて思ってもみなかった。

 できることなら、あの日約束をすっぽかしてしまったことを謝りたい。そして、彼の指輪を返したい。

 そう考えて、ため息を吐く。ただの派遣社員である私にそんな機会はないだろう。目が合ったのに、新井さんがそのまま行ってしまったのが何よりの証拠だ。

 私はよりによって自分が勤める会社の社長の時間を無駄にしてしまったのだ。新井さんが腹を立てていたとしても仕方がない。

 謝るかわりに、一生懸命仕事をしよう。少しでも、新井さんと彼の会社のために役に立てるように。今の私にできることはそれしかない。心に決めると、いくらか気持ちが軽くなった。

 横断歩道に差し掛かったところで、歩行者信号が赤に変わる。足を止めると、鞄に入れていたスマホが震えた。着信だ。

 スマホを取り出し、画面を見て一瞬眉をひそめる。知らない番号だ。少し迷って、電話に出た。

『潮月さんの携帯ですか?』

 瞬時に体に緊張が走る。電話の声は、間違いなく新井さんのものだった。

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