これを愛と呼ばぬなら
「潮月さんは、もう慣れましたか?」

「はい、なんとか……」

「そう。潮月さんも困ったことがあったらいつでも言ってください」

 私達のことまで気にかけてくれるなんて。どうしたって、以前いた保育園の園長と比べてしまう……。

「ありがとうございます」

 感謝を込めて頭を下げると、新井さんは柔和な笑みを見せた。


「お話し中失礼。駒井さん、来週の会合の件ですが……」

 中條さんが依里子さんに話し掛け、二人で軽い打ち合わせを始めた。新井さんは私を見て、少し表情を緩める。

「スマホは見た?」

「スマホですか? 業務中は持っていないので」

 スマホなら、更衣室の鞄の中だ。誰に言われたわけでもないけれど、カウンターの中でスマホをいじるのは印象が良くないと思い、持って来ていない。

「なるほど、それで」

 納得したといった感じで頷くと、新井さんは少しこちらに体を傾けた。

「会社を出る前に、メッセージを確認してくださいね」

「え……」

 聞き返そうとした私を、少しだけ強い視線で封じる。

「社長、お待たせしました」

「ああ、行こうか。それじゃ、二人ともよろしくお願いします」

 中條さんに頷いて、私と依里子さんに片手をあげる。

「いってらっしゃいませ」

 あっという間に社長の顔に戻ってしまった新井さんを、私はどこか複雑な思いで見送った。

< 51 / 83 >

この作品をシェア

pagetop