これを愛と呼ばぬなら
「たまたま出会っただけの俺に、傘を差し掛けてくれた。偶然再会した時も、俺の話を聞いて、励ましてくれた」

「そんなこと。落ち込んでいる人がそばにいたら、誰だって話を聞こうとすると思います」

「……そうかな」と新井さんが言う。真っすぐな瞳で、私を見ていた。

「たまたま通りがかっただけの人間が、雨の中ずぶ濡れで立っていようが、ひどく落ち込んでいようが、気づかなかったふりをして通り過ぎる人間なんてたくさんいる。そんな中、潮月さんは立ち止まってくれた。それは、君が本当に優しい人だからだと思うよ」

「新井さん……」

 じんわりと胸の中に温かいものが広がって行く気がした。こんなふうに私のことを肯定してくれた人、他にはいない。実家にいた頃も、東京に出て来て就職してからも、上手く立ち回れないことが多くて、周りを巻き込んでばかりいたから。

 そして、いつだって人の目を気にして、波風を立てないことだけを考えて。びくびくしてばかりの自分が、私はずっと嫌いだった。

< 57 / 83 >

この作品をシェア

pagetop