これを愛と呼ばぬなら
 新井さんは手のひらに乗せた指輪をしばらく弄んだあと、静かに私を見た。寂し気な笑みを浮かべ、口を開く。

「覚えていますか、潮月さんがライブラリーで言ったこと」

「……もちろん、覚えています」

 ライブラリーで偶然再会したあの日、私は新井さんに『指輪と一緒に区切りをつけるべきだ』と言った。だから、指輪はあなたに返す、と。そうすれば、彼が苦い過去を乗り越え、前に進めると思ったからだ。

「あれから俺なりに考えたんです。どうすれば過去に区切りをつけられるのか」

 新井さんは指輪をきゅっと握りしめると、大きく腕を振り被った。

「……え?」

 困惑する私に一瞬微笑むと、思いきり腕を振る。彼の手の中にあったはずの指輪は、あっという間に暗い波間に溶けていった。

「新井さん、あなたなんてことを!」

 私には想像もできないくらい、きっと高価な指輪のはずだ。何より、新井さんの想いがこもった大切な指輪なのに、海の中に投げ捨ててしまうなんて。

「潮月さんっ!」

 思わず海の中に入ろうとした私の腕を、新井さんが掴んだ。

「何してるんですか!」

「何って、指輪! 探さなきゃ!」

「無理だよもう。見つかるわけないだろ」

「でも」

< 61 / 83 >

この作品をシェア

pagetop