これを愛と呼ばぬなら
 でも、愛情の有無が全てではない。彼の後悔や苦しさは、奪ってしまった彼女の時間、どこか欠けたように思える自分への嫌悪、様々な要因を含んでいる。

「あなたがそこまで苦しんでたったこと、私はちゃんとわかっていなかった。新井さんの内側にずかずかと踏み込むような真似をして……本当にごめんなさい」

 深く、心から、私は彼に向かって頭を下げた。

「顔を上げて潮月さん」

 ゆっくりと、顔を上げる。新井さんはしばらく私を見つめた後、わずかに口角を上げた。月明かりに照らされた小さな笑顔に、胸がキュッとなる。

「もう謝らないで。君が俺のためを思って言ってくれたってちゃんとわかってる。……それに俺は、嬉しかったんだ」

「……え?」

 怒るならまだしも、嬉しいって? いったい、どういうことなんだろう。

 きっと私は、惚けていたのだと思う。新井さんは私の顔をみてくすっと笑うと、再び口を開いた。

「社長なんてしてるとね、なぜか皆、俺のことを完璧な人間だと思い込むんだ。何にも傷つかない、悩みもない、人並みに迷うことも後悔することもないって。そんな人間いるわけがないのに」

 ライブラリーでも新井さんは『人に弱みを見せられない』と言っていた。他人に付け入る隙を与えないために敢えてそうしているのだと思っていたけれど、そうではなかったのだろうか。

 自分の弱さをさらけ出せるほど心許せる人が、彼の側にはいないってことなの?

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