これを愛と呼ばぬなら
「たとえ不安を抱えていたとしても、俺には容易に吐き出すことはできない。周囲の人間まで不安にしてしまうから」

「あの、たとえば中條さんには?」

 新井さんの側には、常に秘書の中條さんがいる。年齢も近そうだし、時折二人で談笑している姿も見かける。彼との関係は良好なんじゃないのかな。

「中條? あいつに弱音なんか吐いたらふざけんなって言って頭はたかれるだろうな」

「中條さんが、ですか⁉」

 いくら近しいとはいえ、社長に対してそんなにぞんざいな態度を取るような人には見えない。驚いて目を丸くしている私を見て、新井さんがくつくつと笑った。

「今は社長なんてしてるけど、俺も最初は一般社員として入社したんだ。中條は同期なんだよ」

 どうやら私が思っていた以上に、気心の知れた仲というわけらしい。

「あいつは新卒の頃から飛び抜けてて、とにかく仕事ができた。俺にとってはライバルでもあるんだ。そんなやつにあまり弱ったところ見せられないだろ?」

「……男の人って、そういうものなんですか?」

 保育園に勤めていた頃の同期は仲間としてしか見ていなかったし、私はそういう厳しい環境に身を置いたことがないから、よくわからない。

「そういうものなんです」

 そう言うと、新井さんはまたくすりと笑った。

 私を見る彼の視線は、とても優しい。私は、そんなふうに私のことを見る男の人を知らないから、訳もなくどぎまぎしてしまう。

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