これを愛と呼ばぬなら
「私がちゃんと言い返せばよかったんです。それが、咄嗟にできなくて……」

 ごちゃごちゃと考えてしまって、すぐに言葉を返せない自分のことが不甲斐ない。結果、依里子さんに嫌な役を負わせてしまっている。

「美沙ちゃんはここに入ってまだ間もないし、社員さんに気後れしちゃうのも仕方ないわよ。でもね……」

 そこまで言って、依里子さんが顔を曇らせる。

「美沙ちゃん優しいから、そのうち押し切られちゃうんじゃないかって心配なの。嫌な時はちゃんと嫌だって言わなきゃダメよ。まあ私がいる時は、そんなことはさせないけどね」

「……ありがとうございます、依里子さん」

 そう言って胸を張る依里子さんはとても頼もしい。でも、今のままの自分ではダメなんだ。

 ……変わりたい。そう思って、私はこの場所にいるのだから。


 数日後、出社して更衣室で着替えていると、鞄の中のスマホが鳴った。

 平日のこんな時間に誰だろう? 不思議に思ってスマホを取り出す。着信は依里子さんからだった。

『……ゴホッ、美沙ちゃん?』

「依里子さん? どうしたんですか、ひどい声ですよ」

『ごめん……ゴホッ。実は昨日の夜から調子悪くって。申し訳ないんだけど、今日はお休みさせてもらうわ』

 そう返す声はガラガラだ。合間に咳き込んでとても苦しそう。

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