これを愛と呼ばぬなら
「今日はお父様がお迎えなんですね」

「はい、家内が急に寝込んでしまって。遅くなって申し訳ありません……」

「それは大変でしたね。お母様のおかげんはいかがですか?」

 お母さんの具合次第では、明日の悠祐くんのお迎えの時間も遅くなるかもしれない。確認したいのに、お父さんは答えようとしない。

 不思議に思っていると、悠祐くんのお父さんは、無言で私の顔をジッと見つめていた。


「あの、藤見さん?」

「えっ、あっ、すみません。あれ、悠祐?」

 私が呼びかけると、ようやく我に返ったのかあたふたと悠祐くんの姿を探す。

「パパ、ぼくここだよ! おくつ取りに行ってたの」

 運動靴を両手に持った悠祐くんが下から見上げると、お父さんは「ああ、ごめんごめん」と頭を撫でた。


「家内は軽い風邪なので、すぐ良くなると思います。何かあったらご連絡しますので」

「わかりました。よろしくお願いします」

「それじゃ……その、失礼します」

「はい、お疲れさまでした。悠祐くん、また明日ね!」

「先生さようなら!」

 元気に頭を下げ、悠祐くんがお父さんの手を引っ張るようにして玄関から飛び出して行く。何か言いたげな表情でこちらを振り返ったお父さんを不思議に思いながらも、私は頭を下げた。


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