エリート同期の独占欲
 研修では毎日のように試験があり、わたしは満点を取るのに必死だった。ときどき点を落とし、そんなときに限って菅波が満点を取って講師にほめられていた。好きじゃなくて嫌いとか邪魔とかの間違いじゃないのかと思った。
 わたしにとっての菅波は、完璧すぎていらっとする存在だった。つまらなそうに講義を聞いている菅波がいい点を取るのは納得がいかなかった。なんかしゃくだな、邪魔だな、わたしあいつを嫌いなのかな、と考えたことは何度もあったけれど、菅波がわたしをどう思っているかというベクトルで考えたことはなかった。
 天才じみた男の中にも、そういう感情があるんだ……。
 ちょっとした衝撃だった。自分は同期の男子を恋愛対象として見る余裕などなかったから。
 驚いて言葉の出ないわたしを、周りは無責任にけしかけた。

 ――つき合っちゃえー。しばらく遠距離になるけど、また異動もあるかもしれないじゃーん。
 ――今は仕事に集中したいから、応えられない。
 ――ってことは~? 将来的には脈あり?

 菅波なんてタイプじゃない、とはっきり断ることができなかったのは、つくづく失敗だった。
 未来に期待を残すような発言をしてしまった。
 あのときのわたしは自信がなかったのだ。女性としての魅力が自分に備わっていると思えなかった。この先、いわゆる適齢期に好きになってくれる人が現れるとも限らないし、一生独りで生きていく強さもない。
 だから、本音を言えば、それがいけ好かない菅波であっても、好きだと言われて少し嬉しかったのも事実。

 ――……もし十年経っても恋人がいなかったら考える。
 ――菅波、お預けだってさ。残念だな~。

 周囲の悪ノリはエスカレートしていった。

 ――せめて約束のキスくらいしなよ。
 ――え、やだ。

 うろたえたわたしは、よりにもよって菅波に視線を向けてしまった。

 ――キスくらいなんてことないでしょう。

 そう言って近づいてきた菅波がわたしのあごを持ち上げ、すっと顔を傾けて……――ここから先の記憶は反芻できないよう脳内から削除済みだ。

「同じ季節だな」
「え」
「十年前と」
「……違うよ」

 噛みきれない大きな塊を呑み込んだ気分だった。声がかすれる。

「あれはゴールデンウィークのさなかだった。あの年は、飛び石連休だったから」
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