エリート同期の独占欲
「え、何?」

 ――飲み直す? ……二人で、って……わたしと菅波で?

 どうか聞き間違いでありますように。
 そう願ったけれど、菅波は何も答えず、わたしの手首を握って歩き出す。

「ちょっと」

 いくつもの宴席からこぼれてくる騒がしい声。
 本来の通路を避けるように、厨房を抜けて従業員通路から外に出た。
 あまりにも迷いのない足取りに、まるで計画していたんじゃないかと思うほど。

「……主賓がいなくなったら、みんな困っちゃう」
「僕は主賓じゃない。そんな扱いをされても困る」
「何言ってるの。みんな菅波のために集まってるんだよ。会費だって」

 せこいかなと思いつつ、宴会の代金を菅波以外のメンバーでまかなうのをほのめかすと、菅波はわたしの手をつかんだまま、もう片方の手で背広の内ポケットを探り、紙幣を取り出した。
 マネークリップで束ねられた一万円札はぴんと端がそろっている。

「これで足りるかな?」
「足りるとか、そういうことじゃなくて」

 きっとこれまでもいろんな場面をお金で解決してきたんだろう。
 ほんっと、嫌な奴。
 どんなおぼっちゃまか知らないけれど、こういうのは大嫌いだ。腹が立つ。立つけど、言葉にならない。身体を菅波と逆の方へ向けた。

「いらないの?」
「いりません」
「ふうん」

 もし紙幣を鞄にでも突っ込まれたら、間違いなく切れていたと思う。
 絶対に受け取らない。強い意思を感じたのか、菅波はお金をしまった。

「せっかく僕のために集まってくれたというなら、目に見える形でお礼をしようと思ったんだけれど、仕方ないな。これは別のことに使おう」
「そうして。……あと、手、離して」
「どうしようかな」

 どこか楽しそうに言う。

「この手を離した途端に、課長代理がどういう行動に出るかわからない。その一、僕を殴る。その二、僕を引っ張って他の人間のところに連れていく。その三、僕を置いて帰る。どれだろう?」
「……どれでもない。その課長代理っていう呼び方やめて」
「興味深いな。会田は」

 やっと普通に呼んでくれた。
 手首を解放される。
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