エリート同期の独占欲
「今日はみんな菅波と話したくて集まったの。それはわかるでしょ?」
「充分話した」
「せめて二次会までは参加したら? 急にいなくなったらみんなだって心配する」
「姿が見えなければ帰ったと思うでしょう。まさか神隠しに遭遇したとは誰も思わない」
「帰るならひとこと連絡するべきだと思う」
「幹事の連絡先を知らない」

 それもそうだ。仕方なく瑠衣に電話し、『菅波は都合で帰ると言っていた』と伝えた。今一緒にいるのを知られたくなくて、ぼやかしながら説明する。
 店の裏手の細い路地。正面玄関から出たみんなと鉢合わせはしないはずだけれど、遠い救急車のサイレンとか、同じ街の音は聞こえているかもしれない。
 みんなの歓迎には感謝しているみたいだし、たくさん話して楽しかったと言っていたし、体調が悪いわけではないようだから心配しないようにね――と、苦手な嘘を繰り返した。
 瑠衣は一応納得してくれた。『飲みたいひとだけ流れますから、美月さんもよかったら来てください』と次の店の名前を告げる。

「……うん、わかった。ありがとう」

 電話を切る。
 菅波はわたしではなく別の方角を見ていた。

「……伝えておいたけど」
「うん」

 せっかく代わりに電話したのに。なんて怒ったら負けだ。わたしが勝手に気を回して、納得するためにやったこと。電話を入れておけば、みんなの心配は減るし、菅波だって悪く思われずに済む。課内がぎくしゃくするのを避けるため、つまりこれはわたし自身のため。

「安心できたようだし、行こうか」
「えっと」

 二人で飲むのは決定事項なわけ?
 歩きかけた菅波が立ち止まる。

「何を警戒してる?」
「それは……」

 飲み直そうと誘われて、警戒しない女なんていない。
 噂になってもいい、何をされてもいいと思うほどの相手なら別だろうけれど。

「今のところ二人で飲む理由が見つからないというか」
「同期だから。駄目?」
「同期でも先輩でも、二人で行くにはそれなりの親密さというか、積み重ねてきた信頼もしくは友情がないと」
「警戒心強いな。毛を逆立てた猫みたいだね」
「馬鹿にしてるの?」
「そう聞こえたなら謝るよ」

 強引かと思えば、あっさり引く。

「正体なくすまでアルコールを摂取するのは気が進まない。それが自分でも、他人でも」
「でも飲み直すって……」
「コーヒーならかまわないでしょう。日替わりブレンドと、フレンチトーストが絶品の店がこの近くにある」
「食べ物に興味ないって言ったのに」
「僕の味覚はともかく、評判はいいみたいだから、大多数の意見を信じることにしただけだよ。こっち」

 わたしがついてくると信じて疑わない口調だった。
 そして実際、わたしは菅波の後ろをついて歩いている。手を引かれているわけでもないのに。
< 15 / 26 >

この作品をシェア

pagetop