エリート同期の独占欲
「食べ物をシェアするの苦手なの。潔癖症のつもりはないんだけど……誰ともしたことなくて」

 言い訳のように言葉を並べると、菅波は気を悪くした風でもなくあっさり引き下がった。

「そっか」

 恥ずかしい。
 見つめ合って近づいて、冗談でからかわれて。
 むずむずする。いつもの自分のペースを保てない。
 はたから見ればわたしたちも、会社帰りの恋人同士だと思われるんだろう。菅波は見栄えがする男だから、その相手がわたしでは不釣り合いに違いない。
 仕事は誇れる。唯一、仕事だけがわたしをしゃんとさせてくれる。
 でも会社の外に出れば、そんな自信は紅茶に入れた角砂糖のようにあっけなく溶けて崩れる。
 おしゃれな子、おもしろい子、色気のある子、会話の上手な子、相手を喜ばせるのが得意な子、世の中には魅力的なひとたちがあふれている。

「ごちそうさまでした」
「帰るか」

 食べ終わり、会計を済ませた。菅波はわたしの分も払ってくれようとしたけれど、こっちはそんなつもりはないから、強引に割り勘というか、別々に支払いをしたいと押し切った。

「会田は変わらないね。そういうところ」
「ほめ言葉として受け取っておくわ」
「せめて帰りのタクシー代は僕に出させて」
「……いいけど」
「社宅住まい?」
「……うん」
「僕の方が遠いな」

 空車をつかまえ、菅波が座席の奥に座った。わたしが左側に座るのを待って、菅波は運転手に行き先を告げる。
 慣れた仕草を眺めながら、営業としてこんな風に顧客の接待をしてきたんだろうと思った。
 タクシーが走り出す。
 菅波は黙ったままで、わたしも口を開かない。運転手も話しかけてくるタイプじゃなかったので、車内はしばらく沈黙が続いた。
 疲れているのに全然眠れない。
 そっと隣をうかがうと、菅波は目を閉じていた。鼻梁がすっと通り、あごから喉仏のラインも綺麗な横顔だ。

(……寝てる?)

 遠慮なく観察する。男のくせに……と言ったら差別かもしれないけれど、肌も滑らかで妬けてしまうほどだ。

(どうしてわたしを誘ったんだろう?)

 わざわざ二軒目を誘ったわりに、特別な話をされたわけでもない。
 大勢でいるのに疲れ、ちょっと息抜きをしたいという程度で、たまたま同期のわたしが誘いやすかったのだとしたら、相手役として用は果たせたはずだ。

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