エリート同期の独占欲
「あのさ」

 眠っているようだった菅波が口を開いた。
 あわてて目をそらす。

「彼氏ってどんな奴?」
「……え」

 いきなり何。
 思いがけない単語に顔がこわばる。返答できずにいると、菅波はたたみかけてきた。

「どんな奴とつき合ってるのか聞いておこうと思って」
「どうしてそんなこと」
「決まってるでしょう。僕に乗り換えた方がいいって提案する。名乗り出る前に競合他社の情報を得ておくのは当然だ」
「冗談でしょ」
「冗談のつもりはないんだけどな」
「わたしは現状に満足してるので、乗り換えるつもりはありません。おあいにくさま」
「ふうん、会田がそんなにご執心ってことはよほど強力なライバルなんだね。むしろやる気が増したよ」
「職場恋愛したいなら他の子とどうぞ」

 勢いで言ったものの、かわいい部下たちがこの男に翻弄されるのを想像すると、めまいがした。
 やっぱり今のなし、と取り消すより早く、強い視線に縫い留められる。

「僕は会田に話してる。つき合おう」

 どうやら菅波は本気らしい。

「わたしのことよく知らないくせにつき合いたいなんて、ずいぶん無謀じゃない?」
「しばらく離れてた分、これから知っていくよ。僕が見られなかった会田の十年。どんな風にその素敵な恋人と出会ったのか、知るのが楽しみだな」
「プライベートに探りを入れるような真似はしないで」
「わかった。嫌がられるのは本望じゃない」

 強引に迫ってくるかと思えば、あっさり退く。
 つかみどころのない不思議な同期。

 ――……もし十年経っても恋人がいなかったら。

 あの日の約束。社会人になったばかりで将来なんて見えず、恋愛に気持ちを割く余裕もなくて、結論を先延ばしにした。
 本当に十年経って、こんな風に顔を合わせるとは思っていなかった。

(仕事が恋人って、冗談っぽく明かした方がいいのかな。誰ともつき合ってない、って)

 このままじゃ嘘をつくような形になってしまう。
 でも、わたしがフリーだとわかったら、菅波はきっとあきらめてくれない。振り回されたくない。

(他に菅波を納得させる断り方も思いつかないし……)

 つき合っている恋人などいないのだと言えないまま、タクシーはわたしの住むマンション前に着いた。

「あ、ここで結構です。ありがとうございます。……やっぱりわたし払うわ」
「僕が持つって言ったでしょう」

 差し出した千円札二枚ごと手首をつかまれ、押し戻される。
 手が熱い。
 アルコールのせいだとわかっていても、わたしより高い体温に胸が騒ぐ。
 それだけじゃない。手の大きさ、力の差。異性なんだと意識させられ、何も言えなくなった。

「おやすみ」

 至近距離で微笑まれ、お疲れ様、と返すのが精一杯だった。

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