【BL】お荷物くんの奮闘記
 そこでふと、なんとも言いようのない悪寒がする。


 ここまで何も疑問を抱かなかったという事実が恐ろしくなったのだ。


 ……そういえば、自分は。


 この世界に来た時には、こちらの文字が読めなかった。


 特に誰かに教えられたわけでもない。魔法の学習に手一杯で、こちらの書き文字を学ぶ暇などなかった。


 なのにいつの間にか、宿の宿泊料金や道具屋の端書など複雑な文章でなければ問題なく読めるようになっている。


 自分が扱える言語と言えば日本語と、中学から受験で勉強漬けになった英語と、大学で習いかけの独語、仏語。どれもこの世界の書き文字の文法とは少しも似通っていないはずである。


「……あれ」


 そうして元の世界での言語と比較しようとして、愕然となる。


 慣れ親しんだ日本語や英語はともかく、独語と仏語が全く思い出せなくなってしまった。


 確かに習い始めではあったから、期間が空けば語学力が劣ることはあろう。しかしこの世界で旅を始めてまださほど時間は経っていないというのに、文法どころか独語、仏語での数字の数え方、試験勉強で覚えさせられた単純な自己紹介さえできなくなっている。
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