思い出屋さんのゆううつ
 ヨモギさんはしばらくその方向をじっと見つめていましたが、やがてぽつりと呟きました。

「もっと悲しんでるのかと思っていたわ。死んだ人たちだけを想って。私のニセモノの声に何の意味があるのかと……」

 祭りの灯りを映す瞳に、涙が浮かびます。

「でも、違うのね。皆、前を向いて生きているんだわ。悲しいだけじゃないんだわ」

「そりゃ誰だって何かしら抱えてるものさ。たまに後ろを向いて動けない時もある。けど、あんたの売った思い出が背中を押してくれるのさ。皆そうやって生きていくんだ」

 俺みたいにね、と店主は微笑みます。

「声で分からなかったか? 俺は昔、娘を事故で失ったんだ。もうあの時は何もかも捨てて死んでしまいたかったね。でも今、こうやって毎日うまいパンを作るくらいには元気になった……前にしつこいくらい電話をかけてきた客がいたろう? あれは俺なんだ」

 ヨモギさんの頬を一筋、光が流れました。

「私の声はお役に立てたかしら」

「ばあさんにとっての坊やみたいなものだよ、あんたの声は」

 打ちあがる花火に、楽しそうな歓声が続きます。

にぎやかな音楽と笑い声は、暮れていく藍色の空にいつまでもいつまでも響いていました。
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