好きです、が浮かんでも
『大丈夫、深呼吸してから始めてごらん』


いつものアドバイス。


『お、よく書けてるねえ』


何かしら絶対に褒めてくれるところ。


『深呼吸して、お手本をよく見て、あとは流れを掴むのが大事だよ。一回勢いよく書いてみるといい』


真っ白な半紙をなぞって見せた長い指。


『綺麗なハネは、綺麗な角度からだ』


筆を持つ私の手に添えられた、大きな手の温もり。

先生が入れてくれる朱。


『すごいね、おめでとう! お祝いしよう!』


昇級、昇段するごとにもらったお菓子。

疲れない軽い文鎮。

線が綺麗に見える濃い墨。

先生おすすめの狸の毛で作られた筆。


誕生日プレゼントや暑中見舞い、年賀状も毎年くれる。


暑ければ麦茶を出してくれて、寒ければホットミルクに蜂蜜を落としてくれる。


そんな調子だから、私が先生に懐いて恋をするまで、そう時間はかからなかった。
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