秘めるはずだった初恋
「それならよかった……女の子やから顔に痕が残ったらあかん」


敏くんは私の前髪を手に取り、額を晒した。


異性に免疫のない私は、瞬時に真っ赤になってしまう。


「あ、悪い」


敏くんは私の異変に気付くと、バツが悪そうに前髪から手を離した。






電車の急ブレーキの原因は、線路に野生の鹿が飛び出して来たことだった。
車掌さん曰く、ブレーキは間に合わず撥ねてしまい、電車はしばらく停車するそうだ。


普通なら有り得ない出来事だけど、ド田舎の路線ではたまに起きたりする。
いや、この周辺だけかな?


それがきっかけかは定かじゃないけど、何故か、敏くんは私がいるボックス席に向かい合うように座りだした。


「電車動くまで、なんか話さへん?」

「私でいいの……? 面白い話とか出来ない」

「おもろい話は求めてへんから大丈夫やって。進路とか、有理子さん自身のこと教えてや」


い、今私の名前!


「私のこと、覚えていたの?」

「当たり前やん。去年同じクラスやったし」


嬉しい……! けっして派手なの一員でもない私を覚えていてくれたなんて。


ほんの少しでも、敏くんの中に私がいることに思わず頬が緩んだ。


「うん、敏くんとお話したいです」

「なんで敬語やねん」


固くなっている私を見て、敏くんは小さな笑い声を零した。
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