職場恋愛
こんなに怒るなんて、その取寄せリストが一体どうなっていたと言うのだろう。


「土下座しろって言われてするなら、死ねって言われたら死ぬのか。家電は本当に馬鹿しかいねぇな」


せっかく土下座したのに、安井さんの頭上でそんなことを言う店長代理は、人間性がカケラもないのだと分かった。


と、そこへ恐れていた事態が発生した。


「結?オープンしたのに誰も来ないから来てみたら…。何があったの?」


言われて時計を見たら8時38分だった。
ここは他の店舗より30分早い8時30分にオープンする。

誰も来ない、そりゃそうよ。
みんなここにいるもん。


「だめ、今入ったら…」


休憩室に入ろうとする航を止めたら、その声が聞こえてしまったらしく、店長代理がすごい怖い顔で振り向いた。


「逢坂、お前どこ行ってた?」


「家電コーナーで國分さんと話してました」


すっごい怖い顔してるのに臆することなく答える航はすごい。


「取寄せリスト破って捨てたのはお前か?」


「いいえ…有り得ません」


声には出てなかったけど、一瞬『えっ?』という顔をしてきっぱり否定した。


「そうだよな?そんな有り得ないことをしたやつがこの中にいるんだよ。誰だ?」


航に聞いても分かるわけないでしょ。


「…すみません、そこまでは把握できていません」


「ったく使えねーな」


舌打ちして再び安井さんの方を向いた店長代理。

もう何もしないであげて。



「ちょいちょいちょいちょい。オープンしてんだけど?なんで誰も来ないの?家電は今島田しかいませんけど?」


ドアを塞ぐように立っていた私と航の間を強引に押し入って来たのは山野さん。


「部外者は出て行け」


店長代理はオープンしてることに気付いていたのか、気にせず土下座したままの安井さんの目の前に腰を下ろした。


「こっちだって極力関わりたくねーけどよ、誰も来ないんじゃ携帯の人間を回さなきゃいけなくなるだろ。ちったぁ考えろ」


山野さんの口の悪さに驚きを隠せない私。


「前にも言ったが言葉には気を付けろ?所詮雇われのお前なんか今すぐクビにできるんだぞ」


山野さんにズカズカ近付きながら脅す店長代理。


「てめぇだって雇われ社員だろうが。脳みそも器もちっちぇーのなぁ」


負けじと戦う山野さんも結構怖い。



「つーか。てめぇらさっさと仕事しろ!島田が1人だって言ってんだろ!」



目の前にいる山野さんは、携帯にいる時とは全く別人の『リーダーの山野さん』で、リーダーって、こういう人のことを言うんだと見せ付けられたみたいで、とても納得した。


だから、リーダーなんだ、って。

人を正しく動かせる人が、リーダーなんだ。



山野さんの声でぞろぞろと駆け足で出て行く家電メンバー。

航も「行こう」と私の手を引っ張って走った。


山野さん、大丈夫かな。
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