職場恋愛
コンコン

「失礼します」

ノック音のあと入って来たのは國分さんと、例の本社の人。

え、もしかしてこの場で逢坂さんを拉致る気?


「逢坂」

え、ほら、國分さんが呼んだよ。
逢坂さん拉致られるの?

「はい」

「こちら、本社の神野(ジンノ)さんだ」

「おはようございます。急で申し訳ないんだけど」


待って。
連れて行かないで。


「本社で働いてみる気はないかな?」


やめて。
逢坂さんを取らないで。

「はい…?僕まだ2年目なので新人みたいなものですよ」

逢坂さん、行かないで。

「謙遜しなくていいよ。君の実力は兼ねてから聞いている。君の気持ちを聞かせてほしい。本社か、ここか。決めるのは君自身だ」

みんなが緊張しているのが伝わる空気感。
この店のアイドルだもん、当然だよ。

「えっと……………。もし、仮に本社で働かせていただけるのであれば…」

嫌だ。行かないって言って。
まだ2ヶ月しか一緒に働けてないけど、だからこそもっと知りたいこともあるし、教えてもらいたいこともある。

仕事だけじゃなくてプライベートも知ってみたいというか、私何言ってるのかな。
いや、でも本当に逢坂さんがいない仕事なんて考えられない。

本社には暴言王なんていないかもしれないけど、きっとここにも残る魅力はあると思う。

逢坂さんほど仕事ができる人ってまだいないと思うし、私とか、じきに入ってくる私の後輩とかも育ててほしい。

だからお願い、ここにとどまって。


「………もっといろんなことを吸収してから行きたいです。
まだまだ未熟で指導力もなければ、それこそ実力もない。この店舗で吸収できるものを全部吸い尽くしてから、異動したいです」


「…そっか。君はしっかり自分を持ってるね。いつでも待ってますよ」


「せっかく声をかけていただいたのに、すみません。次にお会いできる時があるとしたら、その時にはもっと、ほしいと思っていただける人間になれるよう努力します」


「うんうん。今でも十分ほしい人材なんだけどね。
あ、でも、もし國分がまた同じようなことをしたら、君の意見など無視して連れて行くからね」

「はい!怒られないよう日々努めます」




お偉いさんのお2人が出て行った途端、安心して全身から力が抜けてしまった。


「いやー焦った焦った」

島田さんが大きな声で言うと、他の人も話し始めた。

「本社のお偉いさんに名前を呼ばれた人は95%本社行きだったのに、よく断ったねぇ」

「95%!?うわっやらかしましたね、俺」


ベテランの先輩の言葉に焦りだした逢坂さん。

やらかしてもいい。残ってくれるならなんだって。


それからオープンまで逢坂さんを称賛する声は鳴り止まなかった。
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