バス、来たる。

「来週も乗るでしょ?」

 初めて聞いたその低い声に声を失って、ただコクコクと頷いた。そんな私に、サーモントフレームの奥の瞳が僅かに微笑んだ。

「来週、返して」

 差し出されていた千円札を受け取るときに、一瞬だけ指が触れ合った。

「あ、ありがとうございます。千円のバスカードくださいっ」

 相変わらずめんどくさそうにバスカードを出した運転手のおじさんから、ひったくるようにカードをもらうと急いでカードリーダーに通して、バスを駆け下りた。

 ……初めて、声を聞いた。私の事、覚えてくれていたんだ。

 冷静に考えたら、朝のこんな時間からお釣りが無いなんて、ほぼ間違いなく補充するのを忘れたんだろうし、高校生だからあんな偉そうな対応をされたのだと思うけれど、そんな事はどうだってよかった。

 初めて聞いた声が、思っていたよりも低かった。話す言葉は、優しげで柔らかかった。一瞬触れた指先は、温かかった。

 ほっぺたが、熱い。
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