バス、来たる。
◇◆◇◆◇
サクッサクッと氷が混じった雪を踏んでくる足音が聞こえて、逸る心臓を抑えながら顔を上げる。さっきはめちゃくちゃ緊張しながら見たのに、ちょっと頭が残念なおじさんだった。今度こそ……、そう思ってあげた視線が、黒いスタンドカラーのコートを着た、眼鏡のお兄さんの視線と絡む。
「おはよう、ございます」
「……おはよう」
長い指でイヤホンを外しながら、お兄さんの唇が弧を描く。
「金曜日、ありがとうございました」
「いいえ。朝からお釣り無いのは、ありえないよね」
苦笑したその表情を見ながら、鞄の中で手にした封筒を取り出す。トトト……と耳の奥で心臓の音が響いていた。
「あの、これ……」
「ん?」
怪訝そうな声が一緒に帰ってくるのも無理はない。私が差し出したのは、貸してもらった千円札が入った封筒と、もう一つ、淡いブルーのラッピングがしてある小さな箱。
「あ、あの、深い意味は無くてっ! 私、五千円使っちゃったら所持金四十七円になっちゃうところで、凄く助かって。
で、ちょっとお礼にって思ったら、バレンタインだったから……こんな、可愛いのばっかりで……。
好きとか、そういうのじゃなくてっ!! あ、でも嫌いってわけじゃなくて……」
慌てて紡ぐ言葉は、まとまりが無くて、順番も何が何だかわからなくて。こんなこと言ってどうするの? という事まで口走ってしまう。