俺様Dr.に愛されすぎて
「彼は腕もいいし人柄もいい、きっと海外でも活躍できるし、そうすればもっと知名度も出るしお給料も変わる。絶対行ったほうがいいと思うし、彼もその気がないわけじゃないと思うの」
「そう、なんですか」
「けど、足枷があるみたいなのよね」
彼女の言う、足枷。
それが『好きな人』であることははっきりと言わなくとも明らかだった。
足枷?
私が、彼にとって?
「たぶん梓は、あなたを好きだと思い込んでるだけだと思うの。これまで自分が付き合ったり、接してきた女の子と違うから、新鮮さを好きだと錯覚してるだけ」
思い込んでいるだけ。
彼の周りにいたであろう、黒川さんのような、綺麗だったり優秀だったりする女性とは、違うから。
「いっときの錯覚であなたを取って未来を摘んだら、あとで絶対後悔する。……ねぇ、だから今、あなたがするべきことはなにか、わかるわよね?」
錯覚のまま、私を選んでしまったら。
先に待っているのは、真木先生が望んでいなかった未来かもしれない。
「もしかしたら、今の時点で梓の気持ちも揺れてるかもしれないし」
そのひと言で、昨日の彼の言葉が腑に落ちた気がした。
……あぁ、だから?
昨日、真木先生が引き留めてくれなかったのは、今現在その心が揺れているから?
私への熱は、きっと、錯覚。
自分の周りの綺麗な人や自分になびく女性とは違う。珍しさからの、思い込み。
『俺にしろよ』って、本当に本気だったなら、強引にでも言ってくれただろう。
だけど、今その胸の中では、将来と今が揺れている。
……『好き』の言葉を信じたい、信じようと思っていたのに。
「菜々?なにしてるんだ、そんなところで……」
その時、目の前の彼女の名を呼ぶ声がその場に響いた。
咄嗟に振り向けば、そこにいたのは真木先生で、彼は黒川さんから私へ視線をとめて驚いた。
アポイントを取っていない日に私がいるとは思わなかったのだろう。
「藤谷?なんで……」
「梓、私先に行ってるね」
黒川さんは、そう言ってその場を歩き出す。
華奢な後ろ姿が角を曲がり見えなくなり、コツコツとヒールの音が遠くなったところで、私たちは無言のまま向かい合った。