俺様Dr.に愛されすぎて
「あと、これ」
「え?」
「……この前、濡れて帰ったって聞いたので。風邪ひいたら、大変だから」
恥ずかしくて、無愛想になってしまう。そんな私に真木先生は、「ぶっ」とふきだし笑った。
「あはは!医者に薬あげるって、しかも俺、雨に濡れても全然風邪ひいてないし」
「だ、だって!これくらいしかわからなくて……好きなものとかも、知らないし」
笑い飛ばされてしまうかもとは思ったけれど、本当に笑われて、恥ずかしさから口を尖らせる。
「ていうか、電車通勤ならそう言ってほしかったですし、それで真木先生が濡れてちゃ意味ないですし、それに、その……」
けど、一番言いたいのは、こんな言葉じゃない。
からかいのキスのために、傘を利用したのかもしれない。
だけど、それでも。その優しさが嬉しいと感じられたから。
「……ありがとう、ございました」
精いっぱい、勇気を出してつぶやいた。
そのひと言に、真木先生は一瞬驚いてから、ふっと嬉しそうに笑ってみせる。
愛しげに目を細めた、柔らかな微笑み。
初めて見る表情だと思った瞬間、彼は袋を差し出したままの私の腕をぐいっと引っ張り、体を抱き寄せた。
「ひゃっ……」
いきなり、なにを……!
戸惑い声をあげた私に、真木先生は左手をそっと頬に添える。
冷えた指先が直に触れて、ぞく、と肌が反応した。
「好きなものなら、いくらでも教えるけど」
「へ?」
「旅行と、酒と、本と……」
その言葉とともに、額にちゅ、と触れた唇。
「あと、藤谷」
柔らかな感触と、『藤谷』の名前に、恥ずかしさは一気に増して、自分の顔がかああと真っ赤になるのを感じた。
好き、も本気も、きっと冗談。
信じられるわけなんてない。
この心は、そればかりを繰り返す。
だけどそれ以上に触れてみせる彼に、心は翻弄されるばかりだ。