恋に涙を花にはキスを【コミカライズ連載中】
ざ……残念って。
くらくら、眩暈がしそうなくらい熱が上がる。
いつもの東屋さんなら、何か意地悪が返って来そうなものなのに。
東屋さんの手が、人目も憚らず結んだ私の髪に触れる。
ちょっと待って、頭の中がほんとにジェットコースターに乗ってるみたいに翻弄されてついていかない。
こ、こういう時って、好きな人を優先した方がいいの?
でも先に約束したのは西原さんたちとで。
と、あれこれ考えてるけど時間にすれば一秒くらい。
「じゃ、今日ははぐれんなよ」
東屋さんはあっさり引き下がった。
「あ……はい! 大丈夫! です!」
「もし迷子になったら電話しといで。また探しに行ってやるから」
する、と髪の束を梳いて、東屋さんの指が離れていく。
あああああああ!
という、悲鳴だか叫びだかは声にならなくて私の脳内だけで響き渡る。
「わかった?」
「うあ、うぅ、はいっ……」
こんなストレートに甘いことなんて、あの優しすぎると思ったイチゴ狩りの時でさえこれほどじゃなかった。
表情はいつもと然して変わらず淡々と、セリフだけが口から砂糖を吐き出してるみたいに甘い。
やっぱ中の人が違うんだ、いつもの人は休日出勤(社員旅行と言えど)が嫌だから別の人が入ってて、月曜出社したらやっぱりいつもの東屋さんに戻ってたりするんだ。
「あ、そうだ」
熱と糖度ですっかり思考回路がおかしな方向に走っている私の耳元に、彼が不意に顔を寄せた。
そして追加で囁かれた言葉。
「今日の夜は、俺のが先約だからな。予定入れるなよ」
ふ、と首筋に息が触れたのは、わざとじゃないだろうか。
急速に呼び戻される、夕べの余韻。