恋に涙を花にはキスを【コミカライズ連載中】
主役が泣き顔だとびっくりするから、顔洗ってお化粧直しておいでよ。
とのお達しで、西原さんはその間ずっと待っていてくれた。
良い人過ぎて心が痛い。
開始予定時刻に少し遅れてしまっているのに、私を急かすこともしなかった。
「牡丹桜、綺麗ですね」
「多いよね、この辺り。駅の近くにもあったでしょ?」
「ありましたっけ」
青い薄闇に、街の灯りがぽつぽつと増え始める。
駅を経由して店に向かうらしい、その途中に西原さんの言う通り牡丹桜が咲いていた。
ひら、と目の前を桃色の花びらが舞う。
どき、と心臓が一つ跳ねた。
牡丹桜の木の下に、東屋さんが立っていた。
西原さんもすぐに気付いて、片手を少々大袈裟だろうと思うほどに大きく振って合図する。
「東屋くん、遅れるんじゃなかった?」
「それより更に遅れてきたのがそっちですよ」
私の方をちらりとも見もしないまま、彼はさよさんを挟んだ向こう側に付いた。
東屋さんと西原さんの空間がそこにあり、私はただの添え物だ。
ニンジンのグラッセみたいな。
西原さんと一緒に意味不明に遅れたりしたから、もしかして余計なことまたべらべらしゃべったと思われているだろうか。
このぺら口は一度縫合するべきだと私も思ってるし、余計なことは喋ってません、大丈夫。
と、東屋さんに言い訳をさせてもらえそうな空気でもない。
私はひたすら前方を見て、今は添え物に徹することにした。
「今日の店はねえ、果実酒が多くて女子に人気のとこで」
「さよさんほんと酒好きですよね」
声を聞いてるだけで、東屋さんが今どんな顔をしているのか目に見えるようだ。
そうか、さよさんは酒好きなのかと一応話には耳を傾けながら、邪魔はしないようにしていたのだが。