恋に涙を花にはキスを【コミカライズ連載中】
店に着くと、五、六人の男の人が出入り口で賑やかに話していた。
中々の人気店らしくて、空き待ちのようだ。
東屋さんがすっと先に入って、私達はその後に続く。
その時、つんつんと袖を引かれて同時に西原さんにこそっと耳打ちされた。
「ああいうとこ、優しいよね」
「え?」
「多分さっきも、待ってたんだと思うよ。いつまでも来ないから」
ふと、牡丹桜の花びらと一緒に東屋さんの姿が頭に浮かぶ。
どうしてこうも、彼は印象深い。
だけど、東屋さんが待っていたのは私ではなく私達二人でもなく、『さよさん』だ。
そうですね、と気持ちの伴わない相槌を返すと、ぽんと背中を叩かれた。
「だからあんまり気にしないで」
「え?」
「何か怒られたんじゃないの? ちょっと変だったから」
黙ったまま目を張ると、西原さんはにっと笑って頷いた。
言葉の出ない私を肯定とみなして、彼女はもう一度背中を叩いて励ましてくれる。
やめて今優しくされたらほんとに泣く。
それに多分、いくら東屋さんが優しくても、嫌いになった相手にまでは優しくしないでしょ、普通。
週明けから、私は東屋さんから離れることになっているし、そう考えると逃げ腰の感情を優先すればあからさまにほっとする。
だけど反面、挽回する機会もないということになる。
店内の細い廊下を歩く広い背中を見ながら、よし、と一つ覚悟を決める。
励まされて少し、精神が持ち直したらしい。
ずるずると引きずるよりは、行動あるのみだ。
この先同じフロアで仕事していく上で、気まずいままにしとくのは良くない。
何より、無神経なことをしたままにしていいはずはない。