恋に涙を花にはキスを【コミカライズ連載中】
「あ、でも。ここ、さっきまで座ってた人が」
「大丈夫だって。みんなグラスもってあちこち場所移動してるし」
こんこん、と目の前に置かれるお銚子二つ。
確かに、周囲を見渡すとみな思い思いの場所に移動して、それぞれに飲み始めていた。
そして、東屋さんからまさかの余計な一言が入る。
「一花、日本酒もいけるって言ってたよな」
「ちょっ?!」
「おおいいねえ!」
飲めるけど!
ここまで色々飲んだ上で日本酒行ったら、さすがにやばい。
東屋さんをちらっと見ると、私の視線に気づいてふいっとそっぽを向いた。
ああそうか、と得心がいって小さくショックを受ける。
もうこれ以上話したくないという意思表示だ。
やっぱり許してはくれないのだ。
「はい、ひとちゃん」
ぐい、と押し付けられた猪口を、私は大人しく受け取った。
横目に、西原さんと藤堂部長の姿が見えた。
そういえば西原さんには子供っぽいところもある、と東屋さんが言ってなかっただろうか。
少し照れたような拗ねたような、子供っぽい表情の西原さんを見たのは私は初めてで、ちくちくとまた胸を刺す痛みがある。
そんな幸せそうにはにかむ彼女を、東屋さんはずっと離れた距離で見てきたんだ。
それなのに、私はほんとにひどい。
「おおっ!ひとちゃんホントに行ける口だね!」
何杯御猪口を空けたかもう忘れた。
甘過ぎない、ほんとに美味しい日本酒ですいすいと飲めてしまう。
これは、ちょっと危険だ。
「これ、飲み放題にないヤツ頼んじゃったんだよ。俺の奢りだから気にせず飲んで!」
―――いただきます。
なんだか飲まなきゃいけないような、気がするんです。
「俺さあ、最近彼女と上手くいってなくって……ぜひ、女の子の意見が聞きたくてさ」
―――世の中、上手くいかないことばかりです。
「そうなんだよ。ひとちゃんさあ、良かったら相談乗ってよ」
―――私みたいなぺら口で、果たしてお役に立てることなんて。
役に立ちたかった?
東屋さんの横顔を見てるのが好きだった。
その恋が、実って欲しかった?
実らない苦しさを、知るのが怖かった。
気付けば頭の中で一人禅問答を繰り返していて、私はすっかり酔い潰されていた。