恋に涙を花にはキスを【コミカライズ連載中】
不安になって、東屋さんの顔色を窺う。
けれど、先に車に戻れと促され車のキーと書類が入った重いファイルを渡された。


東屋さんは、田倉さんとまだ何か話があるようで……私、何かまずかっただろうか。
後程、まだ田倉さんの相手をさせられるのか。


部屋を出る時、ひらひらって笑って手を振ってくれたし、ご機嫌は損ねてないと思うのだけど。
それから程なくして車に戻ってきて運転席に座った東屋さんに、慌てて尋ねる。


「あの……なんか、まずかったですか」

「何が?」

「だって、先に戻れって……邪魔だから追い出されたのかと」

「ああ、取引成立の確認と、ちょっとした根回し」

「根回し、て……えっ?! もう終わったんですか?!」

「田倉さんの相手しててくれて助かった。機嫌損ねずに足立さん通じて営業部長と顔つなぎも出来たし」



まさか、もう契約書も全部取り交わしたということだろうか。
私が田倉さんと喋ってる間に……っていうか、今、東屋さん『助かった』って言った?


お役に立てた、ということだろうか。
余りに有難いお言葉をいただけて、ぽかんと東屋さんの横顔を見ていると彼がエンジンをかけながら、更に。


ふっ、と口元を和らげた。


「にしても、まさか布団の押し売りの話で盛り上がるとか、意味わかんねえ」


営業スマイルでもなく、いつも私に見せる意地悪な笑顔でもなく、本当に自然に綻んだような。
なんだかもう、それだけで、何でも出来るって思えるくらい、胸がきゅうんって鳴った。


このあと、まさかほんとになんでも出来るかどうか、自分に問いかける事になるなんて、この時は思いもよらなかったけれど。

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