二人だけの秘密
「ははは、大丈夫ですよ。店に入るときは、ちゃんと私服で入りますよ。学校に、私服を持ってきてるんです。制服から私服に着替えてから、店に入るんですよ。それに、本名では働いていませんから」

「えっ!」

微笑みながら答える美希さんの顔を、僕は眉間にしわを寄せて見た。

「どういうこと?」

僕は、抑揚のない声で訊く。

「私、本名は佐伯美希なんですけど、ここでの名前は、佐藤利恵なんです。出席のとき返事が遅れたのは、本名と仕事上での名前がごっちゃになったからです」

ーーーーーーどうやら、そうらしい。

「お店のホームページにも載っていますが、もちろん本名は使っていません。写真もかなりぼかしたのを載せていますし、学校にバレることはないと思います。高校生で働けたのは面接のとき、年齢をごまかしたからです。スマートフォンからでも見れると思いますが、お店のホームページに私の年齢は、18歳と表示されています」

美希さんは僕に笑顔を見せ、そんな大事な個人情報を説明した。

美希さんの笑顔が、いつも悲しそうに見える。笑っているのに、泣いているようにも見える。それが、辛い。

「そんな大事なこと、僕に教えていいの?それ、教えていい情報ではないよね。特に同じ学校に通う、クラスメイトなんかに。だって僕が、学校のみんなにばら………」

「信じてますから」

僕の話を遮って、美希さんがきっぱりと言った。彼女の潤った瞳に、強い意志を感じる。

「それにもしバラしたら、栗原さんまでピンチになるんじゃないですか?」

「………」

ーーーーーー確かに、そうだ。僕だって、こんなことを学校で言えるわけがない。それに言ったところで誰も僕のことは信じないし、美希さんとの関係を悪くするだけ。

「これで私たちは、秘密の共有者ですねぇ。なんだかイケナイことをしている気分で、ドキドキしますねぇ」

また、馴れ馴れしい口調。そう言って美希さんは、僕の顔にむっと近づける。

近すぎで、唇が触れそうな距離。近すぎで、彼女の純白の肌に触れそうな距離。こんな経験初めてで、頭の中が真っ白になる。

「………」

僕は、ゴクリと喉を鳴らした。

ーーーーーー言うわけがない。言えるわけがない。もしもこの美希さんとの二人だけの秘密をバラしたら、僕はほんとうに最低な人間になるから。

僕は親の言いつけに反対するように、自分に言い聞かせた。

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