はじめて知った世界の色は


「はあ……あつ」

薄暗い水槽の前で私はマスクを下げた。夏場にマスクはさすがにきつい。館内の空気はひんやりとしていて、やっと息が吸えた感覚がした。


「そんなに顔を隠して翠ちゃんは芸能人みたいだね」

「バカにしてるなら怒るよ」

いつもより小さめの声で緑斗に返す。

周りには家族連れやカップルがいたけど、ビデオカメラを回していたり自分たちの世界に浸ってるから、これなら多少の会話をしても大丈夫そうだ。


「翠ちゃん、右見て」

緑斗が指さす方向に目を向けて思わず「わあ……」とため息が溢れる。

そこにいたのは大きなウミガメ。こんなに近くで泳いでる姿を見たのは初めてだった。


「背中に乗って竜宮城に行けそうだよね」

そんな現実離れしたことを言う緑斗の発言は嫌いじゃない。


水槽の中の水が床に反射していて足元に光の波ができていた。ブクブクと泡立つ気泡に一面コバルトブルーの光。

……やっぱり水族館は好きだな。

癒されるし、なにより心が洗われる気がする。
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