はじめて知った世界の色は


「え?ごめん。ちょっと聞こえなかった」

「だから、すい!」

「ああ、すいちゃんね。名字は茅野(かやの)でしょ?」

申し訳なさそうな顔をして低姿勢でうちに入ったくせに家の表札はばっちり見ていたんだと思うと、可愛い顔をしてけっこう油断できない人かもしれない。


「どういう漢字?ちょっとここに書いてみてよ」

幽霊のくせにものすごく面倒くさいことを言う。


しかも机の上にあったボールペンとメモ帳を指さして〝早く〟と急かすように私を見る。

ここは私の家だし私の部屋だし、私の空間のはずなのに、いつの間にか男の子のペースに飲まれつつあるのは気のせい?


私はため息をつきながらボールペンを取って走り書きで、しかも癖の強い丸みをおびた字体で。

〝翠〟と書いた。


「へえ。綺麗な漢字。みどりちゃんと間違えられそう」

そんな間違いは生まれてから数えきれないほどされたけど、そんなことはどうでもよくて。


「じゃあ、アンタの名前は?」

名前も知らない人が部屋にいるなんてやっぱりすごくヘンなことだけど、聞いておかないと呼ぶのに困るから。

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