絶対に、離さないで。(仮)
こうやって菱田と昼休みに美術室へ行くことは少なくはない。
かといって、毎日行っているわけでもないけど。
「到着」
慣れた手つきで鍵を開け、入ると、美術室独特の画材の匂いがする。
この匂いは嫌いじゃない。
「今日、浅葱ちゃんを呼んだのはほかでもありません」
急に改まって、琴葉は緊張する。
「今度のコンテストに出す作品が描き上がりました」
菱田は、ベールのかかったキャンバスに手をやり、勢いよくそれを剥いだ。
「っ・・・・・・!」
凄い。
キラキラしてまぶしい。
そこには、一人の女の子がなびく髪を押さえ、微笑んでいる。
一見何でもないようなポーズでも、菱田の幻想的な絵の世界では、それも意味を持つ。
「これ、誰がモデルだと思う?」
「え!この女の子モデルがいるんですか」
「もちろん」
「うーん・・・・・・」
「正解は、浅葱ちゃんでした。浅葱ちゃんそのままを描いたつもりだけど、似てなかった?」
「こ、これが私・・・・・・ですか」
「そうだよ」
「う、美しく描きすぎですよ。私はこんなにかわいくないです」
「いやいや、俺からみたら浅葱ちゃんはもっとかわいいよ」
さらりと琴葉を口説く菱田。
「でも、本当に凄いです・・・・・・今まで見た中で一番かもしれません」
「本当?ありがとう。俺的にも今回は自信作」
「もし入賞したら、また見に行きますね」
「うん」
琴葉は、しばらくその絵から目が離せなかった。
「琴葉ちゃん」
「はい、なんでしょう」
「天宮と仲良いの?」
「いえ、今のところは」
「じゃあ、これから仲良くなろうと?」
「はい、そのつもりです」
琴葉は素直に答える。
「俺の時と同じなんだ」
琴葉と菱田が仲良くなったのは、琴葉が菱田の絵に感動し、その素晴らしさを本人に熱弁し続けたことが始まりだ。
最初はおかしな子だと思っていた菱田も、段々と話をするうちに
楽しくなってしまったのだ。
「まあ、天宮くんは相当手こずりそうだね」
「そうなんですよ。無口なので全然話してくれませんし」
「まあ、噂通りってことか」
天宮は、学年を通り越して噂になっている。
ルックスが完璧だからだと思う。
「でも何でまた、天宮?」
琴葉は、「直感で気になったのだ」と、説明する。
「ふうん、まあ、人間案外理由なんて後付けで行動してることって多いしな」
「そういうことです。って、あああ!お昼ご飯!」
「あ、ごめん、まだ食べてなかったか」
「絵、見せてくれてありがとうございました!では」
急いで美術室を出て、教室へ戻る。
午後の授業でおなかが鳴るなんて、恥ずかしいにもほどがある。