絶対に、離さないで。(仮)
よく、男女が閉じ込められたらハプニングがあると言うが、琴葉と天宮にそんなことが起こるはずもなく、あっさり出られたわけだ。
素直に喜ぶべきなのだが、琴葉はそうもいかない。
「(天宮くんとじっくり語り合うこともできたかも)」
閉じ込められた時は、ひたすらどうしようかぐるぐると悩んでいただけで、そんなことは思いつかなかった。
ちょっとした後悔。
「天宮くん。あれ・・・・・・天宮くん?」
反応がない。
「おーい、ってば」
「え、なに」
「ぼうっとしてどうしたのかなって」
「少し考え事してた」
「(何を考えていたんだろう)」
気になる琴葉。
「(明日、か)」
「はあ」とため息を着く天宮。
琴葉は暗い夜道の沈黙が嫌で、他愛のない話を天宮にする。
亜子とのこと、面白い先生のこと、近所の柴犬のこと、そんな話。
天宮は、適当に返事をしながらも、話を聞いた。
そうしているうちにすぐに分かれ道に着いた。
「じゃあ、また明日だね」
「明日休みだけど」
「あ、そっか。じゃあ、月曜日」
「俺、家まで送ろうか」
「いいよ、そんなに気を遣わなくても。すぐだから」
「そ」
素っ気なく返事をして、お互い反対の道へと足を進める。
十歩ほど歩いたとき、後ろから足音がした。
「やっぱ送る」
わざわざ戻ってきたらしい。
「っありがとう」
律儀に家の前まで送ってくれる。
「本当にありがとう」
「別に、ばつが悪かっただけ」
「ふふっ」
そんな天宮が微笑ましくて、つい笑ってしまった琴葉。
「あら、二人とも玄関先で何してるの」
そのとき、玄関から琴葉の母・絵里子が顔を覗かせた。
「天宮くんが送ってくれたの」
「じゃあ、これで」
「待って、天宮くん」
絵里子は引き留める。
「なんでしょうか」
「夕飯、食べていかない?」
「いえ、俺は帰ります」
「もう、またそんなこと言って。折角来たんだからいいじゃない。それとも、もう家で支度してあるのかしら」
「まだですけど」
天宮は嘘偽りなくそう答えた。
「なら、ね」
絵里子は天宮の腕を引き、玄関へ連れ込む。