絶対に、離さないで。(仮)
天宮は、そのあとを続けなかった。
気になった琴葉は、聞いてみる。
「それは?」
「それは、アンタには言う必要無い」
そう言ってまた、傘から抜け出してしまう。
(そこまで言っておいて、気になる……でも…)
琴葉は、もう1度追いかけることは出来なかった。
「天宮くん!」
追いかけることは出来ない代わりに、呼び止める。
今度はピタリと、足を止めた。
そして、天宮は振り返る。
雨に打たれて髪も制服も濡れている。
「……」
すうっと一粒、天宮の頬に水滴が伝う。
それはまるで、彼が泣いているかのよう。
でも表情は無い。
なのに、どこか憂いを帯びていた。
胸がきゅっと締め付けられる感覚が、琴葉を襲う。
(呼び止めて、それで何を言おうとしていたんだったっけ)
後に続く言葉が見当たらなくて、咄嗟に探す。
「か、帰ったらちゃんとお風呂に入ってね!」
その言葉を聞くと、天宮は大きく瞬きをした。
「……変なの」
そう呟いて、琴葉に背を向けて歩き出した。
琴葉にその言葉は聞こえなかった。
けど、一瞬だけ天宮の表情が見えた気がして琴葉は嬉しくなった。
なぜ嬉しくなったのか、よくわかないけれど。
その日以来、琴葉は天宮を気にかけるようになった。