絶対に、離さないで。(仮)



「私には菱田先輩?え、なんで?」


突然の爆弾発言に、琴葉の頭の中は更にこんがらがる。


「琴葉ちゃん、菱田先輩のこと好きなんでしょ?」


更なる追い打ちにお弁当箱を落としそうになる。


”菱田先輩”とは、美術部の優秀な部長である。


コンクールで何度も入賞したことのある、将来有望な画家の卵だ。


そんな菱田と琴葉はあることについて語り合うことが度々ある。


「待った!いつ私が菱田先輩が好きだって言ったの」


いくら思い出しても亜子にそんなことを言った覚えがない。


それどころか、琴葉が菱田を、恋愛的な意味で好きだと思ったことなんて一度もなかった。


彼の絵は素晴らしいと、熱く語ったことはあったが。


「琴葉ちゃん、飾られてる菱田先輩の絵をいつも熱心に見てるし、菱田先輩と話してる琴葉ちゃん凄く楽しそうだったから。琴葉ちゃんは菱田先輩のことが好きなんだなって思ったんだけど・・・・・・もしかして違った?」


「全然違うよ!」


琴葉は美術部ではない。帰宅部だ。


絵を描くことはあまり得意ではないから。


しかし、絵を見ることは好きだ。


幼い頃よく、父に美術館の展覧会や個展へ連れて行かれたのが影響しているのかもしれない。


菱田の絵を見て感銘を受けた琴葉は、菱田と絵について語り合う仲になったのだ。


ただそれだけ。


「そりゃあ、菱田先輩と話すのは楽しいよ。菱田先輩って知識が豊富だから、話してると美術以外にもいろいろと勉強になるし」


高校生とは思えないほど大人びていて、しっかりしている。


「好きじゃないの?」


「うん、恋愛感情とかそういう気持ちにはなれないんだよね。”同士”っていう方が強いから」


「そっか。なんかごめんね、勘違いしてたみたいで」


「いいよ」


「でもいつの日か、"好きです!"って言ってなかった?」


(そんなことあったっけ……あ!)


「それって、"好きです!この絵!"だよ。菱田先輩の作品の感想言ったりすることあるし」


「なーんだ、そうだったんだ。あーあ、勘違いかあ……お似合いなんだけどなあ」


ボソッと、琴葉には聞こえないくらいの声で呟く亜子。

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