絶対に、離さないで。(仮)
「あ、なんか話、脱線しちゃったね。いろいろ気になるけど、もうこの話はおわりにしとくね。天宮くんの具合が早く良くなりますようにっと」
「そうだね。天宮くん、早く良くなるといいなあ」
その日の放課後、亜子と別れると、小説の新刊を買うために駅前の本屋に立ち寄った。
レジを済ませお店を出ると、どこか見覚えのある人が視界の隅に映った。
黒いパーカーにスキニーといった、ラフな格好。
髪は寝起きの様に跳ねている。
(天宮・・・・・・くん?)
(私服だけど、あれは天宮くんだよね)
今彼は風邪を引いているはずだ。
完治したなら学校に来るだろうし。
ちなみに、天宮は滅多なことが無い限り学校を休まない。
とにかく、治っていないなら、安静にしているべきだ。
心なしか、足下がふらついているように見える。
琴葉は急いで天宮の元へ駆け寄った
「天宮くん!どうしたの、こんなところで。具合は大丈夫なの?」
「……アンタ、昨日の」
「浅葱だよ。それより、なんかふらついてるよ。帰って休んだ方がいいんじゃないかな」
よく見ると、天宮の手にはスーパーの買い物袋。
(具合が悪いのに買い物?家に誰も居ないのかな)
「別に、平気……っ」
ぐらりと天宮の身体が傾き、琴葉は慌てて手を添える。
「っとと、全然平気じゃないよ!ほら、額も熱いし」
琴葉が触った額は、健康な人間の熱さとは思えないほどに熱い。
天宮はすぐに身体を起こし、琴葉の手を振り払う。
「もう帰るから。かまわないで」
「ううん、病人をこのまま一人で帰らせるなんてダメだよ。私が家まで送るから」
「何言っ___!」
「!」
再び、天宮の身体は傾き、ずっしりとした重みが琴葉を襲う。
まるで天宮が琴葉に抱きついているような格好だ。
「天宮くん、天宮くん!」
「っ……」
首にかかる吐息が熱い。
それに苦しそうだ。
(どうしてこんなに無理して……)
このままここにいるわけにもいかない。
周りの視線も痛い。
きっと、周りから見れば、公衆の面前でイチャついているバカップルにしか見えないだろう。
「えっと、天宮くんの家ってどこかな」
「……」
返事はない。
ここから琴葉の家までは歩いて数分だ。
「仕方ないよね……」
琴葉は自分の家へ連れて行こうと決意する。
しかし、琴葉よりはるかに大きい天宮を抱えようにも、難しい。
「公衆の面前でイチャついてるバカップルが居ると思ったら……浅葱ちゃん?」
聞き覚えのある軽やかな声が聞こえる。
「……菱田先輩!」
栗色の猫毛にグレーのカーディガン、そして高身長と言えば菱田だ。
どうやら画材屋へ行った帰りのようで、片手に画材屋のロゴが入った紙袋を持っている。
「よかった~」
「え、二人って、そういう関係……!?っていうわけでもなさそうか」
「見てないで助けてください!天宮くん、熱があるんです」
「……あー、なるほど。了解」
菱田はすぐに状況を理解し、琴葉にもたれかかる天宮をひょいと背負う。
文化部とは思えない腕力だ。
「そのまま、私の家まで連れて行ってもらえますか」
「こいつの家知らないの?」
「はい。昨日初めて話したくらいなので」
「こいつの私物になんか住所載ってるものないか探してくれる?」
(あ、その手があった)
菱田に言われ、躊躇いながらも天宮のポケットに手を入れる。
(ごめんなさい、天宮くん)
ポケットに入っていたのは財布とスマホのみ。
財布に学生証が入っていたが、住所までは書いていない。
スマホは、ロックがかかっている。
「ダメ・・・・・・か。俺も天宮の家なんて知らないしなー。わざわざここのスーパーに来るってことは家が近いってことだよな。俺の家は3駅先だし、やっぱり浅葱ちゃんの家が妥当か」
菱田は眉をひそめた。
「どうしたんですか、菱田先輩」
「いや、その……家に誰かいる?浅葱ちゃん1人じゃないよね?」
「母がいます。1人じゃないので、看病もなんとかなりますよ」
「んー、そういう心配じゃないんだけど。まあ、平気か。そんじゃ、行こっか」
「ありがとうございます」