幼なじみじゃ、なくなった夜。




振り向いた私と、目は合わない。



上昇していく数字を見ながら、榎波が続ける。





「俺のせいでみんなに色々言われてんだろ?ごめんな。俺があんな所でお前のこと、好きとか言ったから」



「…は?」



喉の奥にへばりついたような、変な声が出た。



愛理の声がまた過る。





“榎波に聞いたらわかるんじゃない?”





「でも我慢できなくて。浜崎先輩がお前にキスしようとしてんの見て、全部どっかいった。周りの目とか、お前にフられたこととか、全部」




情けないよな、と榎波が笑う。



でもやっぱり彼は私の方を見ない。




「でもわかってるから。ちゃんと誤解だって皆には言うよ。俺たちはただの幼なじみだって」




どうやら目的の階に着いたらしい。エレベーターの扉が音もなく開いて、榎波が一歩、踏み出した。




「だから、安心しろよ」



彼が降りる直前、今日はじめて、目が合った。




“安心しろよ。今日はお前のベッドだから。…ゆっくり寝な”




再び扉が閉まって、榎波の姿が見えなくなる瞬間、蘇ったのは大きな手で頭を撫でられた感触だった。






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