幼なじみじゃ、なくなった夜。
…え。わ、私???
不意をつかれて言葉に詰まる私と、私を探るように見つめる榎波の間に舞い降りる沈黙。
「…あ、いっけない!」
その沈黙を破ったのは、変に演技かかった愛理の声だった。
「私今日、彼氏とディナー行く約束してたんだった!」
「え、ディナーってこんな時間から?」
「そうそう、こんな時間から!ごめんねぇ。だからご飯は榎波とでも行って?じゃ、お疲れ~!」
そして自動扉を出る直前、榎波の背後でバチバチッとウインクをかまし、颯爽と帰っていった。
愛理…ディナーとか絶対、嘘だな…。
「…ふーん。飯まだなんた?」
「あ…う、うん。ずっと会社にこもってたから」
そして再び訪れる沈黙。二人きりになると、なんだか改めて、あのキスが思い出されて気まずい。なんか…なんていうの?ムズムズする。
「…よし」
そんな私の心を知ってか知らずか。榎波は何かを決意したようだ。
「飯食いに行こうぜ」
「…え?」
「どこ行く?あ、パスタ以外で」
あー榎波夕飯にパスタを食べる奴は許せんだかなんだか、前によくわからない持論を展開してたよねそういえば…って。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
私まだ何も返事していないのに勝手に歩き始めちゃってるし、ていうか何か重要な用事があったんじゃないの!?
「榎波…!」
自動扉を潜り抜けて、前を歩く榎波を呼んだのと、彼の姿を見つけたのと、そして彼が私に気づくのと。全てが同時だった。
「夏帆…!」
彼が私を見て顔を綻ばせる。
「ごめん、あんなこと言っといて…偶然なんかに任せてられないから、やっぱり、会いにきた」
…あぁ。今日はよく、人に待ち伏せされる日だな。