極甘求婚~クールな社長に愛されすぎて~
私の前を担当していた税理士がいたというのは初耳だ。


「若い社長には若い税理士の方が合うだろうときみと同じくらいの経験年数の税理士を当てたらしい」


『新人教習の場』と言って嘆いていたことを思い出す。
立て続けに若い税理士をあてがわれたらそう思うのも無理はない。


「それでも若社長は勝俣くんは解雇しなかったんだよな。まぁ、俺の自慢の部下だから当然なんだが」


そこまで言うと所長は目を閉じ、ソファーの背に凭れて腕を組んで続けた。


「この会社の税務はやはり俺が引き継ぐ」
「え?どうしてそうなるんですか?」


またその話?
上場の話はまだ正式に決まってない。
だから所長に変わる必要はないし、来月には決算がある。
このタイミングで引き継ぐ意味が分からない。


「理由をお聞かせいただけますか?」


黙ったままの所長に慎重に問う。
すると所長は小さく息を吐き、ゆっくりと目を開けた。

でも視線は私ではなくローボードのテーブルに向いている。

そのことに違和感を感じ、顔を覗き込むようにして見ると、ようやく視線を合わせてくれた。

ただ、その瞳は悲しげで、心に不安が一気に押し寄せて来る。


「そんな不安そうな顔をするな。きみが悪いわけではない。悪いわけではないんだが、引き金にはなってしまったんだな…」
「それはどういう意味ですか?」


はっきり言って欲しい。
所長に詰め寄るとようやく本題に触れた。


「勝俣くんの仕事は実に丁寧だ。ミスもない。それはこの件が発覚してから俺自身が帳簿を確認させてもらったから間違いない。銀行側も勝俣くんのことは高く評価していると言っていた。ただ、橋谷先生が『自己評価が異常に高く、バカみたいに天狗になってる税理士』と思われていたのに対し、きみは『若くて経験が浅い社長を誑かす税理士』と思われているそうだ」


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