リト・ノート
「まあまあ。とりあえず上がってよ、沙織ちゃん。あれじゃないの? リトがらみで呼んだんでしょ」
取りなそうとした羽鳥兄の穏やかな言葉はさらに沙織を刺激した。
「は?それで美雨に手出してるってどういうつもり?」
「だから違うって」
美雨もなんとか顔を上げて声を出そうとしたが、頭が割れそうな怒号と痺れるような恐怖に捕らわれて、怯えた苦しげな顔を見せただけだった。
じっと美雨を見据えた沙織が、そのまま玄関から足音を立てて駆け出していく。
自分が2つに割れたようだった。出ていく沙織の方が幻で、迫ってくる追っ手の方が現実にすら思えた。
沙織に見られたという衝撃を、追っ手に見つかった恐怖と絶望が飲み込んで行く。
ダメだ、また捕まった。私はまた失敗した。
こんなにかばってくれたのに、彼も無事では済まないだろう。家族にも、迷惑がかかるのに。
「おい! 美雨、どうしたんだよ?」
声を聞きながらも美雨は久しぶりの強い眠気に引っ張られていた。そのまま羽鳥に向かって倒れこむようにして、美雨の意識は途切れていった。