リト・ノート
合唱祭はうまくいった。 沙織は美雨の悪口を言いふらしてもいいはずなのに、そんな様子も全くなかった。ただ真尋と由香には何か言ってあるようで、3人で行動して美雨の入る隙間をなくしている感じはした。
由香はこそっと近寄って来て「ごめんね、美雨ちゃん」と言ってくれたので、事情はよく知らないのかもしれない。
「なんかあった?」ともう席が離れた山根も心配してくれたが「うん、でも大丈夫」と美雨は短く答えた。
受け身でいてはいけないんだと思った。信じないと言われても、何度でも謝るしかないんだ。どうやって話すか、何を話すかなんて関係ない。ただ謝りたい。自分の気持ちをちゃんと言葉にしなかったことを謝りたい。
教室で話してはくれないだろうと思って、帰りに声をかけようと決めた。美雨と通学路が分かれる角で先に待っていれば来るはずだ。
道行く人にじろじろ見られたし、だんだん緊張もしてきて壁際で下を向いていたら「何やってんの」と先に羽鳥が来てしまった。目を上げると隣に沙織もいる。
「さ、沙織に話があって」
「じゃあちょうどいいからうち来て。リトどうするのかも聞きたかったし」
反論する間も与えずに歩き出す羽鳥に沙織がついていく。美雨も数歩遅れて追いかける形で続いた。
羽鳥がいるところで自分の気持ちを言う? そんなことができるとは思えなかったけど、やるしかないんだと思う。
これは、美雨への罰なのだから。
誰も話をしない不自然な状態のまま、玄関を通り羽鳥の部屋まで上がりこむ。3人とも立ったまま、鳥カゴの黄色いインコと向き合った。
「これがリト。しゃべるっていうから俺も聞きたいと思って預かってた。単なるおしゃべりじゃなくて憑依系かなと思って。中園が様子見に来たけど調子悪くなって、あの時あのまま廊下でぶっ倒れた。2人で部屋まで運んだから、省吾に聞いてもいいよ」
淡々と羽鳥が言う。詳しいことを言わずに沙織を納得させようとしてくれているのだろう。でも、それではまた沙織をだますことになると思った。