リト・ノート
2学期末試験が終わるとすぐ、合唱祭の準備が始まった。本番は2月だが、課題曲と伴奏者、指揮者は12月中に決めておくことになっている。
「ピアノ弾ける人ー?」
黒板の前に立ったクラス委員が教室を見回したとき、美雨は反応しないように気をつけていた。不自然に下を向いたりすると、かえって「弾けるの?」と聞かれてしまうかもしれない。嘘はつきたくないが、人前で弾くのは絶対に無理だ。
「女子、誰かいるでしょ。決まるまで終わらないよ」
クラス委員男子からの圧力が強まると「沙織、弾けるんじゃない?」とどこからか声があがった。
「もうやめちゃったし無理でーす」
「練習すれば大丈夫でしょ、時間あるって」
「そうだよ! 沙織ならできるよ」
軽く断った沙織だったが、周りの勢いに押されるように結局伴奏を承諾した。
美雨も今でもレッスンを続けているくらいピアノが好きだ。だが発表会本番どころかリハーサルでも緊張のあまり弾けなくなることがある。途中から頭が真っ白になり同じところを繰り返し弾いてしまったこともある。
中学に入ってからは発表会に出ること自体を諦めた。先生もさすがに引き留めなかった。