月明かりに紛れた一輪の花
リスタート

第十七話 リスタート

「…っ、…ん……」

「…!!有翔、有翔!!」

あれから数日後

ようやく有翔の意識が戻り、目を開けた

「……りひ、と…?」

有翔の視界に初めて映ったのは…

「…っ、……」

凛翔だった

「…悪かった、有翔。
裏切り者なんて言って…さよならって本当に撃ち抜いたりして…」

泣き腫らした顔で、目に涙を浮かべる凛翔

膝に置いていた拳をギュッと握りしめ、凛翔は口を開く

「許してくれなくて、構わない

あんな事したんだ、もう兄弟じゃないなんて言われても…」

本当は、こんな事言いたくない

あれは、有翔を守る為でー…



だけど、それは守る為という名の

自己満足

だったのかもしれないと…

凛翔は有翔が目覚めるまでの間、ずっと考え込んでいた

しかし有翔は…

凛翔が思っていたような言葉を発しなかった

「…ありがとな」

「…っ、!!?」

有翔は全てを察したようで

静かな笑みを浮かべ、凛翔の手に自分の手を重ねた

「…ここからが、きっと俺たちのリスタートだ」

「うん…うん……!」

飲み物を買いに病室を出ていた父親が戻ってくると

「っ、有翔!有翔!!」

三人は涙を流しながら、朝が来るまで語り明かしたという


「…全く、どういう神経しているのかしらね、あの化け物女!」

全身包帯で巻かれた明香沙

「実の妹にまあよくもあんな…」

言いかけて、自分のしようとしていた事をふと思い出す

「…お互い様かしら、ね」

程なくしてリハビリが始まり、文句を並べながらも渋々治療を続けていた明香紗

いいタイミングで、病室の扉をノックする音が聞こえる

「誰かしら?今日は誰も来ないはずなんだけど…」

どうぞーと声をかけた明香紗

「…明香沙、いい?」

「…嘘でしょ」

リハビリが終わって病室に帰った明香沙の元へ、由里子がやって来た

「…い、今更なによ。

また…私を殺しに、来たの?」

「…そうじゃないの」

俯きがちな由里子はゆっくりと顔を上げる

「…ごめんなさい」

「!」

「…あの後、いろんな人からたくさんのお話を聞いたの

そしたら私…自分が今まで何をしていたのか、分からなくなっちゃって…」

混乱する由里子の肩に触れた大きな手

それは…

「…兄上様、元に戻ったみたい」

静かに微笑む明香沙は、あの日のことを思い出した


『…由里子、俺が居る。大丈夫だ』

『兄上、さ、…ま……』

『間違いを犯したのはお前だけじゃない。それは俺がよく分かってる

だから…

ここからまた、家族みんなでやり直すんだ
まだ俺たちは、何度でも、やり直せる』

『亜門兄さん…っ、!』


話を聞き終えた明香沙は、信じられないといった表情だった

「…結局私は、何一つ守ることが出来ずに…全てを手放したわ」

明香沙に歩み寄る由里子

「…っ」

反射的に、少し後ずさりする明香沙

「…あなたに負わせてしまった心の傷は、なかなか癒えないと思う

だから、少しずつでいい

少しずつでいいから…また昔のように、話がしたいの」

「由里子姉…」

「…今日はそれだけ。それじゃ」

それだけ告げると、由里子は病室を出る

「…あ、虹……」

窓の外には、大きな虹が架かっていた


「えー…という訳で…」

その頃、亜門はというと

家と繋がりのある貴族や各業界のトップに向けて、これからの宮内財閥の方針を取り決める演説を行っていた

「我が宮内財閥は、私一人では無く…兄妹五人、それぞれに役割を持ち、財閥をより発展させていく方針です」

亜門の言葉に、会場がざわつく

「…頼もしい弟や妹たちです
決して悪い結果にはいたしません

私が付いています。必ずの成功を、ここにお約束します」

零と彩七に見せつけられた絆の強さ

しばらく忘れていたその素晴らしさに、亜門も心を打たれていた

…あの二人に出来て俺にできないことなどあるはずが無い!

しばらく見なかった、亜門の晴れやかなその笑顔は…

胸を張って、宮内財閥の次期頭首として誇れるほどの

堂々とした、立ち振る舞いだった

「ご清聴、ありがとうございました」

亜門の力説は、会場の人々の心を大きく掴んだ


一方、零の方では…

「零さん!いつ式を挙げるんですか?!」

「零さん!榊幹部がドレスのカタログを大量に仕入れてきましたよ!
見ないんですか?!」

有島組は、お祝いムードで大盛り上がりだった

「…あのなぁ、」

大きなため息をついた零が切り出す

「いいか、お前ら

俺はあいつにプロポーズなんてしていない。
ましてや、何でそんな話になったんだ」

「え!組長、まだプロポーズしてないんすか?!」

「組長!早くしないとあんな可愛い子、すぐに取られちゃいますよ?!」

焦る部下を見て、小さく笑う零

「…組長?」

「安心しろ。
…あいつは絶対に取られないから」

「それって零くんにべた惚れしてるって言いたいの?」

部屋の奥から春奈が姿を現す

「…何が悪い」

少し顔を赤らめた零

「あら、彩七ちゃんあんなに可愛いんだもの
他の誰かになんてすーぐ取られちゃうわよ?」

「なっ…!!」

くすくすと笑い出す春奈

「早いうちに言っておかないと、本当に逃げちゃうわよ。彩七ちゃん」

春奈の追い打ちに、席を立つ零

「…ちょっと出かけてくる」

「いってらっしゃ〜い!」

部下たちも微笑ましくそれを見守り、春奈は大きく手を振って見送る

「…頑張りなさいよ、零くん」

「榊幹部、やっぱり…」

「あら、余計な事は口出し禁止よ?

…それに、私の居場所はここなんだもの。今更離れるような事、しないわよ」

凛翔とは以前ほど付き合わなくなった春奈

逞しくなった零の姿が、とても眩しかった

「…頑張りなさいよ、組長」

少し寂しそうなその横顔は、その場に残った部下しか知らなかった


ピンポーン…ピンポーン…

「…はあい」

ガチャ、とドアを開ける

「…」

「…ふあっ?!」

寝ぼけ顔の彩七の前に現れたのは、零だった

「…ひでえ顔」

思わず吹き出す零に頬を膨らませる彩七

「…今起きたので、ちょっと上がっててもらえますか」

ムスッとしながらも、ちゃっかり家にあげる

「私寝巻きのままなので、ちょっと着替えてきまー…」

「…いい」

「…へ?」

着替えに行こうとした彩七を後ろから抱きしめる零

「れ、零…さん……?」

突然の出来事に顔を真っ赤にする彩七

「…好きだ」

「ふぇ?!」

「好きだ、彩七…お前が好きだ」

「ちょ、れいさ…ひゃあっ?!」

ドサッ、とソファに押し倒され、零の顔がぐっと近くなる

「れれれ、零さん?!
ももももしかしてまた熱があったりするんじゃ…?!!」

「…彩七…彩七……」

「れれれ、れ、れ…零さんっ!!」

止まらない零に戸惑いを感じる反面

「も、もしかしてお酒飲んでるんですか?!
零さんあんまり強くないんですから、あれほど春奈さんに止められてー…」

「…飲んでねえよ」

ムスッとする零

彩七は、内心バクバクしながらも…

とても、嬉しかった

「…私も、好きですよ。零さんの事が」

「…っ、!!」

「これからも、よろしくお願いしますね」

ふふっと笑う彩七

それがとても愛おしくて、思わずギュッと抱きしめた

快晴の秋日和

少し前まで活発に動いていた台風は去り

新しい風が、それぞれを包み込んだ
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