寵妃花伝 傲慢な皇帝陛下は新妻中毒

 窓の外から差し込む月の光に照らされて、竜樹の黄金色の髪が瞬く星のように輝いている。
 藍香は寝台に仰向けに横たわったまま胸の上に手を置き、寝所に入ってからいまだひと言もしゃべっていない、皇帝陛下を見上げていた。

 初夜の心得については即席の結婚の儀を迎える前に、女官にあれこれと聞かされ学んだはずだが、夫となるべき竜樹がじっと自分を見つめ、なにもしてこないというのは予想外だった。


(どうしよう……私、なにか手順を間違えた?)


 藍香の心臓はドキドキと鼓動を速め、口の中はカラカラに渇いていた。
 戸惑いながら唇を噛みしめる。

 竜樹は、御年二十七歳。藍香とはちょうど十歳離れている。
 だから十分、大人の男なのだ。
 自分のように男女の閨(ねや)のことを知らないということはまずありえないし、そもそも後宮には、世にも美しい女たちが、何百人も仕えていると聞いたことがある。


(もしかしたら、このままひと言もしゃべらないつもりかしら)


 藍香はあれこれと考えて、息が詰まりそうだった。

 夫婦の寝台がある部屋を照らすのは月明かりだけ。

 初めてお目通りがかなった三日前から今日の婚姻の儀の間まで、夫となる皇帝陛下の顔を直接見ることはできなかった。それどころかいつもふたりの間には薄布や幕がかかって、ふたりきりになることもなかった。
 ようやく夫婦となるこの夜に、顔と声を知ることができると思っていた藍香は、どうしていいかわからない。

 だが藍香としては、これ以上の沈黙に耐えられそうになかった。
 なにか不備があったのなら、はっきりと言ってもらったほうが助かる。


「あの……」


 藍香はドギマギしながら竜樹を見上げる。
 だが次の瞬間、竜樹が藍香の言葉を遮るように口を開いた。


「本来お前のような田舎娘を私の妃にするなど、言語道断である」

(えっ?)


 藍香は耳を疑った。


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